過去と現在と(九州ツーレポその5)
僕らはとりあえず国道3号線をさらに南下
川内市から国道をはずれ薩摩半島の西岸を走るように県道43号線へそれる
この辺りにさしかかる頃にようやく雨が降るのを止めてくれたが、あいかわらずの曇空
楽しみにしていた東シナ海の夕日を見ることは出来なかった
それでも県道43号線は交通量も少なく、時折海の風景を見せてくれながらの道で、ようやくツーリングをしている気にさせてくれました
日置羽島と言う場所に来たところで小さなガソリンスタンドへ
古びた小さなガソリンスタンドで、暇そうに店番をしていた年配の男性が一人僕らに気が付いて給油に出てきてくれました
ハイオクを入れようとしたのですが
「うちにはハイオク無いよ」
との事
じゃ、レギュラーを満タンにお願いしました
お店の人 「へー、これハーレーなんだ」
僕 「あ、そうですよ、ハーレーらしくないでしょ」
お店の人 「そうだね、初めてみたよ・・・ そのシートの下のやつ何?」
僕 「これオイルをココから入れるんですよ、オイルタンクになってるんですよ」
お店の人 「なるほど、昔のCBもそうだったな」
さすがスタンドの方だけあって詳しいなと思いながら、弟の給油のあいだに店内にあるトイレを借りました
小さな事務所の中のトイレを借りて出てきて気が付きました
事務所の中にはバイクの雑誌がいっぱい^^;
あの男性も、バイク乗りなんだなと思いました
バイクの所にもどると弟が男性に吹上浜海浜公園までどの位かかるか聞いてました
男性の話ではここから40分位でいけるとの事
道はこの先二個目の信号を右へ行き橋を渡り、そして5番目の信号を左に向かうとやがて案内看板が出るよ、今たしかイベントやってるはずだよ、昨日 走りに行った時 やってたからと・・・・
走りに行った時って言い方でバイク乗りに間違い無いなと思わずニヤリとしてしまいました
しかしココから40分、この時点で19時位
それならどうにか管理人さんが居る時間にキャンプ場へ入れそうです
スタンドの方と挨拶を交わしてキャンプ場へ急行です
どうにか20時過ぎにキャンプ場に到着でき、今日の宿を確保できました
このキャンプ場のある吹上海浜公園はこの時期 「砂の祭典」 と言うイベントをやっていて、大きな砂の彫像が展示されていて、夜にはライトアップされ、会場の外から見るだけでもとても美しいものでした
公園の中に温泉施設もあり、テント設営を済ませて、公園内をブラブラとお風呂に歩いて向かいまいした
するとイベントのパレードとちょうど行き会ったらしく、誘導員の方にあっちへ、こっちへと誘導されながら歩いていると、突然僕らの横から打ち上げ花火が ドン!!!と打ち上げられ、二人して腰抜かすところでした
風呂に入りテントに戻り、ビールをプシュっと開け、ひとごごち・・・・
ビールを飲みながら、弟に、普段のキャンプツーはもっと楽しいからと言い訳じみた話をしてました
弟は、昨日今日の走りだったら、辛い事が多すぎるから、もうキャンプツーしなくていいかなぁなんて言ってます
雨も上がったし、これから本格的に楽しくなってくるんだよ、こんなもんじゃないから、キャンプツーの楽しさはなんて言ってると・・・
また・・・雨が・・・・・
慌てて自分の食べ物とビールを持ってそれぞれのテントへ・・・・
弟は、どうやらキャンプツーはこんな過酷なものだと認識してしまう事になりそうです
朝起きると昨日までの雨が嘘のように快晴です
キャンプ場は朝の光に包まれて、幸せな時間が流れていました
朝飯を食って、荷物をまとめ、施設の案内を今更ながらに見ていると、どうやらここの施設は戦中に万世飛行場と言う大戦最後の特攻隊の発進基地があった場所のようでした
おなじ施設の中に万世特攻平和記念館と言う施設があるようでした
砂の祭典のイベントも始まっているようで、そちらも興味がありましたが、弟と日本人なら平和記念館を見るべきだろうと、荷物をまとめて万世特攻平和記念館へ
万世飛行場は、終戦直前の4ヶ月間特攻基地として使われていた飛行場らしく
知覧と違いあまり知る人の無い特攻基地らしいですが、終戦前の4ヶ月の間に201人の特攻隊員が沖縄に向けて出撃した場所との事でした
基地には、吹上浜より引き上げられた 零式水上偵察機とともに、特攻隊員の遺品や、出撃前に家族に当てた手紙などが展示されていました
膨大な数の手紙、飛び立って行った隊員達の写真が展示されており、それぞれが出撃前に心情を思うと、涙を堪える事が出来ませんでした
彼らが命を捨てて守ろうとした日本と言う国を、後世の僕らは、彼らに恥ずかしく無い国として今、守っているんだろうかと言う問いかけが、ずっと心に残りました
僕の下手な文章ではとても表現できません
ワシモ様と言う方がここの記念館の事をとても忠実にご紹介されてました
是非見てみてください
記念館の前に慰霊碑があり
記念碑に刻まれた 「よろずよに」 の言葉はとても重く心に残りました
今回鹿児島を訪れる事にした時に、知覧へ行こうと思っていました
その事を出発前に年配の方に話した所
「あそこは、むごくて、見ていられないよ・・・」
と言われ、耐える自信が無い僕は、知覧へは行かずにいようと思ってました
偶然とは言え、キャンプをした場所が特攻基地の跡
目を背けてはいけないと言う事だろうと思いました
真っ赤になった目をして記念館を跡に枕崎を目指しました
この後走った国道226号線は、東シナ海を眺めながら走る絶景ルートで、天気も最高で九州に来た甲斐があったと思いました
絶景ルートの226号線を楽しみながら走っていると、今回どうしても行きたかった場所につながります
それは耳取峠
19才の時にスクーターで夜通し走り続け、夜明けにこの峠に差し掛かった時
朝焼けに映し出された開聞岳と海岸線の素晴らしさが何年もたった今でも忘れる事が出来ません
その時は、その美しさに立ちすくんでしまい、しばらくその場を動く事が出来なかったほどでした
道端に立っていた耳取峠の説明板に耳取峠と呼ばれる一説に「あまりの美しさに声を掛けても耳を奪われたように声が届かないので」 という説明に納得してしまいました
グルグルと断崖の上を走ったあとで、たどり着いた耳取峠は、思い出の中の美しさではありませんでしたが、それでも思わず声が出てしまうほどの光景でした
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コメント
弟さんとのロンツー、アニキが優しいから
喧嘩しないですんだのがヒシヒシと..(笑)
それにしても天気が回復してよかったですなぁ。
投稿: Nyaaa | 2009年5月17日 (日) 09時58分
朝の晴れ間の写真で思わず「やった~」と声を上げてしまいましたよ
万世特攻平和記念館は去年うちの税理士さん(BMW乗り)が行かれて、耐え切れず男泣きしたと言ってました。
ついに晴れてきましたね~~!
で、レギュラーで大丈夫でした?
投稿: 仙人 | 2009年5月17日 (日) 10時46分
あ、最後の写真
クリックしたらまたまた「わお~!」でした!
素敵ですね~
弟さんのSRはネッスル号ではなかったのか~
投稿: 仙人 | 2009年5月17日 (日) 10時56分
☆Nyaaaさんへ
本当に天気良くなってよかったです
この朝、晴れてるの見てなんだかホットしましたよ^^;
アニキが優しいから・・・・
怒っちゃだめだと思いながらも、実はこの後・・・・
また記事に書きますね^^;
☆仙人さんへ
晴れたのを喜んでもらってありがとうございます!!
3日目にしてやっとツーリング開始って感じでしたよ^^;
平和記念館は、彼らの気持ちがヒシヒシと伝わって来て、涙を堪えることは出来ないと思いますよ・・・
まぁ、僕が特に弱いとも思いますけどね^^;
ガソリン、それがですね、レギュラーでも全然遜色なかったんですよ、これが・・・
あまりの違いの無さに、この後入れる時もレギュラーにしようかと思ったほどでした^^;
耳取峠の風景素敵でしょ
綺麗なところですよ~
SRは、僕がSR乗ってた時にすでに弟が持ってたもので、僕が乗り換えの時に換えればと言ったのですが、これが良いと言い張るもので^^;
投稿: ネッスル | 2009年5月17日 (日) 17時20分
弟さんのSR、いい感じのカスタム具合ですねぇ♪
ずっと乗る予感
投稿: 仙人 | 2009年5月17日 (日) 20時42分
☆仙人さんへ
ずっと乗ればいいんですけど
今回のツーで、大型が欲しいと・・・
一応止めてますけど、どうなることやら^^;
投稿: ネッスル | 2009年5月18日 (月) 21時23分
お天気になって良かったですね^^
綺麗なお写真、とても楽しませていただきました♪
万世特攻平和記念館のことを書かれているページを拝見しました。
一部を見ただけで泣けてきます。
辛い過去ですよね。
彼らのおかげで今の日本があると思うと、しっかり生きないといけないなって思います。
投稿: 嫁太 | 2009年5月18日 (月) 22時18分
☆嫁太さんへ
写真ほめていただいてありがとうございます^^
万世特攻平和記念館のページ見ていただいたのですね
ありがとうございます
機会があれば是非一度行ってみてください
生々しい記録が残っていて、胸が詰まる思いがします
僕も彼らに申し訳の立つような生き方を目指して頑張ります
投稿: ネッスル | 2009年5月20日 (水) 22時05分
特攻隊の写真、涙が止まりませんわ。
泣いてたらアカンと思いながらも、果たしてボクらはどれだけこの国を大事に思って日々頑張ってるんだろうかと、情けなくなりました。
いいレポート、ありがとうございます。
続き楽しみです!
だごじる
うっわー、これまた涙ものです。
ずいぶん前になくなったおばあちゃんがよく作って食べさせてくれましたよ。
長崎出身のおばあちゃんです。
あと、「ごうじる」という大豆を粗挽きした汁もよく作ってくれました。
うわーん。
おばあちゃーん。
(また泣いとるっ)
投稿: jam | 2009年5月21日 (木) 18時39分
☆jamさんへ
ワシモさんのサイト見てくださったのですね
戦争の資料館は、どこも胸に迫るものがあります・・・
この施設の一階では、アメリカ軍が撮った、特攻隊の飛行機が対空放射の弾の中を戦艦に向かって突っ込んでくる映像がずっと流れてました・・・
あの弾の壁の中を、どんな気持ちで操縦してたのかと思うと、なんともやりきれない気持ちになりました
jamさんも、機会があれば、是非一度訪れてみて下さい
涙無しには見れるものではありませんでしたよ・・・
jamさんの、おばあさん長崎なのですね
だご汁は長崎の方でも作るんですね~
懐かしい味を思い出されましたか^^
おばぁちゃんか~
実は僕のばあちゃんも九州の出身でした
筑前煮がメチャ上手でした
でも、だご汁は食べさせてもらったことないなぁ^^;
ごうじる、それも食べてみたいです!!
こんど九州へ行った時は、それも食べよう^^
こんな記事を涙しながら読んでいただいてありがとうございました
続きが遅れてますが、早いうちに書きます~^^;
投稿: ネッスル | 2009年5月21日 (木) 21時05分
ネッスルさん、今晩は。はじめまして。
返事が遅くなり申し訳ございません。
『万世特攻平和記念館』のページへリンクを張って頂き、ありがとうございます。
出来るだけたくさんの人々に知って頂けて本望です。
鹿児島には他にも多くの特攻基地がありました。
今後も取材をして、HPにアップして行きたいと思っています。
どうか、有意義で楽しいツーリングを続けて下さい。
投稿: ワシモ(WaShimo) | 2009年6月 3日 (水) 20時42分
☆WaShimoさんへ
お返事ありがとうございます^^
リンクをご了承いただきまして本当にありがとうございました!
それと、ご了解を頂く前にリンクを張らせていただいた事をあらためてお詫びいたします
WaShimoさんの記事が見事で、皆さんに万世特攻平和記念館のことを正確にお伝えすることが出来ました
他の記事も読ませていただきましたが、すばらしい記事ばかりでしたね
勉強になりました^^
またサイトの方へ遊びに行かせてもらいます
これからも頑張ってください
本当にありがとうございました
あっ、何時の日か、高知へも是非、高知レポを楽しみにしてます^^b
投稿: ネッスル | 2009年6月 5日 (金) 14時37分